プロ作詞家としての「歌詞の書き方」教えます。
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プロ作詞家としての「歌詞の書き方」教えます。

これまでに約1900もの楽曲の作詞を手がけてきたつんく♂。歌詞の書き方をテーマとしたコラムを、2本立てで一気にお届けします。前編の約3300字は、どなたも無料でお楽しみいただけます。後編はこちら。
(文 つんく♂ / 編集 小沢あや / イラスト みずしな孝之

プロの作詞家とアマチュアの違い

これまでも、何度か歌詞の書き方を伝授してきました。

歌詞って誰でも書けるし、誰が書いたものも正解です。100m競争みたいに、誰が1位かを明確にする指標はありません。

ただし、概ねの人が「素敵」とか「感動した」と感じる作品があります。また、逆に誰が見ても「え? 何が言いたいの?」とか「何にも入ってこない」というような「差」はあるでしょう。

しかし、「え? 何が言いたいの?」ってものを、「100万円出してでも買いたい!」と言う人がいるのもまた、芸術の世界です。

僕はいつも、「天才とプロとアマチュアはそれぞれ違う」と考えています。3者それぞれに特徴があることを知ったうえで生きていくと、その人の人生が大きく変わってきます。そのあたりは、またコラムを書きたいと思いますが、今日は歌詞について。

まず、最初に述べたように、誰がいつから作詞を始めても、誰かに文句を言われる筋合いはありません。自由です。なんだったら、名刺を刷って「作詞家」と肩書きに入れたらもう「作詞家」です。医師や弁護士のような国家資格や免許制ではないからです。言ったもの勝ちです。

なので、アマチュアであれ、プロであれ、「作詞家」となることに、垣根はありません。「なぜ、歌詞を書きたいか」が、問題です。大きく分けて、2パターンあります。

1つは、自分の今の気持ちを閉じ込めておく、日記のようなもの。誰にも見られない前提のもの。そしてもう1つは、「自分の今の気持ちを訴えたい」「誰かに共鳴してもらいたい」などの、承認欲求によるものですね。

大抵は、後者のパターンですが、「認められたい」「共感されたい」「応援してほしい」「慰められたい」そう思って書いているのに、「恥ずかしい」「見せたいのに見られたくない」「リアクションが怖い」「否定されたら生きていけない」という気持ちに襲われます。まあ、それもめちゃわかります。

恋の気持ちや、社会批判。自分の持ってるイケメンな部分。シンデレラな気持ち。そんな思いを何日もかけて仕上げたのに、「お前、何これ。キモいんだけど〜」とか「なに変態的な妄想してるの? 終わってる〜」とか言われた日にゃ、そのまま引きこもりになってもしゃーないですよね。

それくらい、作詞がセンシティブなものであることは事実です。必然的に、ペンネームや匿名での作品も多くなるのかもしれませんが、ペンネームを使うことによって、作家の性別や年齢なんかの先入観をなくす利点もあります。

先ほども書いたように、アマチュアかプロかは、気持ち次第です。本人がアマチュアだと思ってればアマチュアだし、プロだと思って名刺を作ったら、その日からプロ。

ただ、プロといっても、作詞だけで食べているのが本当のプロだし、作詞以外の収入の方が多い場合は、セミプロと呼ぶのかもしれません。

が、それも何十年か前の話です。今、作詞だけで食べていける人は何人いるでしょうか? CDも書籍も売れない時代です。なので、作詞だけで食べている「プロの作詞家」は、きっとプロ野球選手とかプロゴルファーより、断然少ないはずです。

日本においてプロの作詞家といえば、歌手の歌詞を書いて、それがパッケージ化されて、CDなりデジタル配信なり、世の中に売り出されたものの印税で生計を立てられる人。もしくは、相田みつをさんのように、ポエムやメッセージを色紙などに書いたそのもの(書)を販売するという方式。

そのほか書籍として、発売した詩集の印税や、売り上げの一部の割り戻し。最近は、noteなどのSNSサービスに投稿して、誰かに買ってもらうとか、投げ銭してお金を入れてもらう、という方法になってくると思うけど、どれくらいの利益になるでしょうか。おそらく、月額、数百円から数万円程度でしょう。これで生計を立てるのは、だいぶ難しいように思います。

なので、今回は「書いた歌詞で、月に数百円でもギャラや印税を得ている人」を「プロ」とさせていただきます。

作りたいものを作るのでなく、多くの人に届ける意識が重要

大衆音楽って、たくさんの人によろこんでもらえて、ワクワクしてもらえて、時には人生観を変えるきっかけになったり、失恋の癒しになったりね。そういう役割もあると思うんです。

僕は東京志向もメジャー志向も強かったので、いつもどうやったら売れるか、今でいうと「どうやったらバズるか」を考えてました。なので、僕はいつも自分らが大阪城ホールを満杯にしてるシーンを想像しながら、数十人の前で演奏してました。明日、1万人の前で演奏させられても「ええやん」「良い曲」「おもろい!」って思ってもらえるようなエンタメ性のあるものを常に模索していました。

メジャーとは? ポップスとは? エンタメ性の高いものは? ヒットするとは? 一癖ある感じとは? 大人も納得し、子どもにも愛されるようなものは? 不良性、高貴な感じって? などなど、いろいろ考えて作ったものです。

僕はこれを歌詞においても作曲においても、同じように考えています。正解はないけど、どうせ書くならたくさんの人に反応してもらえるようなものを、と。

この時に注意すべきは、誰もが傷つかないものであってもいいけど、無難なものではないということ。どっちかというなら、10人中、9人が「まあ、ええんちゃうの」っていうものより、10人中、1〜2人が絶賛するものの方がいいと思ってます。

まあ称賛は多いにこしたことはないいんです。この作品とあの作品を比べて、より多くの人が「感動した」「笑った」「泣いた」など反応ある方が良いに決まってますから。

称賛が多い作品には、必ずアンチが出ます。無難な作品というのはアンチの出ないものを指します。なので、無難な作品はあんまり良い作品とは思えないわけです。

まあ、時にはクライアントがそういうものを求める時もあります。それはそれでプロなので、上手に無難にまとめるというのもプロとして正しいあり方なんですがね。

でも、こそっとスパイスは振りかけますがね。

前提として、歌詞は止まった一瞬の場面を捉えるもの

さて。ここからプロの作詞術のお話です。いきまっせ〜!

これまでにも「歌詞は止まった一瞬の場面を捉えよ」という話を、あちこちでしてきました。意味、わかりますか?

あなたも、玄関の下駄箱の上とか、リビングのテレビの横とかに、思い出の写真を飾っていないですか? 旅行先で1000円払って撮ってもらったような写真。夜景や観覧車とか、キリンをバックに撮ったような、家族とか恋人との写真。本来はそこに人物がいてもいなくてもいいけど、歌詞の場合は大抵人間模様がからんでくるので、ポートレートを想像しておくのが良いですね。

3Dではなく、普通に撮った1枚の写真って、どっから見ても写真が変わることないですよね。写真立てに入ってるこっち向いてニコっとしてる記念写真に対して、どう見方を変えても、スカートの中も見られない。後頭部も見えないし、サイドに回り込んでも、横顔が見られるわけではありません。

写真を撮る人が移動したら、その子がピアスをしてたとか、背中にウサギちゃんのリュックを背負ってたとか、わかります。でも、1枚の写真からはそこまではわかりません。大事なのは、その固定された写真感なんです。

基本は、リスナーに船酔いをさせないこと

素人さんの書く歌詞は、目線がブレまくることが多いんです。

ポートレートとして、最初から目が合っている写真は、どの角度から見ても目が合います。

写真B

正面からはもちろん

写真A

斜めから見ても

写真C

逆サイドから近寄っても、すべて目が合いますね。

逆に、視線が合っていない写真は、どんな方向でも目が合いません。

写真D

正面からでも

写真H

斜めからでも

写真F

視線が合うことは一切ありません。

でも、素人の歌詞は、視線が動いてしまう。歌詞を読んでるこっちが、船酔いしてくるんです。目線が正面だったのに、急に背後に回ったり。こっちから主人公を眺めてる写真だったのに、急に主人公が見ている周りの景色になったり、主人公の目に写るあなたのことになったり。

さて、なぜそうなるのでしょうか。

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総合エンターテインメントプロデューサー / TNX株式会社代表取締役社長。1992年、ロックバンド・シャ乱Qのボーカリストとしてデビュー。音楽家として作詞・作曲と、「モーニング娘。」をはじめとした数多くのアーティストプロデュースを手がける。