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プロから見た作家・筒美京平の本当のすごさ

2020年10月に逝去された作曲家・筒美京平先生。リスナーとして、同じ作曲家として、彼の作品への想いと追悼の意を綴ったコラムをお送りします。本記事は、音楽ナタリーに寄稿した記事に加筆・編集を加えたものです。
(文 つんく♂ / 編集 小沢あや / イラスト みずしな孝之

僕の耳の中には、たくさんの筒美京平さんの曲があった

音楽を、ただ聴くだけだった小〜中学生時代。バンドマンやニューミュージックの歌手は自分で曲を作ったり歌詞を書いたりする人が多いけど、歌手だけに徹する人と2種類があるんだな、と思った記憶があります。

もっとも意識したのは、大学生になってから。自分のバンドで曲を書くようになって「ヒットチャートに入ってくる曲がたくさんある中、バンドマンが作った曲とそうでない曲の違いはなんだろう?」と考えた時期がありました。

「人気あるバンドだけど、なんか曲が心に入ってこないなぁ」「イメージや雰囲気、ルックスだけで売れてるんじゃないか?」「あれ? 逆に耳や頭にへばりついてくるメロディがあるぞ」

この違いは、なんだろう? って。その頃はネットで検索ってのが出来なかったので、カラオケのクレジット表記とか、レコードを買った時とかに「あれ?このメロディのタイプ、好きだな。誰の曲かな?」って、歌詞カード等を確認するようになりました。

そこから「筒美京平」という名前の出てくること出てくること。あれも、これも、それも、あっちも、筒美京平だらけ。驚きましたね。

今振り返ってみて、自分の記憶をたどって印象深いのは「わたしの彼は左きき」のこと。麻丘めぐみさんが歌ってた映像は、今も頭の中にしっかりと残っています。

耳と記憶に残る曲の鍵は短調

筒美京平先生の耳にへばりつく作品のヒントは、短調(マイナー調)にあるように思います。

堺正章さんの「さらば恋人」や、桑名正博さんの「セクシャルバイオレットNo.1」など、男性アーティストの楽曲には短調が多く、彼らの色気を引っ張り出してたんだと思います。そして、女性アーティストですが、ジュディ・オングさんの「魅せられて」。これはすごい。耳にへばりつくだけでなく、優雅さがある。僕の頭の中にある短調の先生の曲をあげると、キリがないです。

逆に、女性アイドルである太田裕美さんや石野真子さん、松本伊代さんには長調で可愛くポップな曲調をもってきて、当然ながらヒット曲の連発。

先生の曲で、思春期に入って痛烈に感じるようになったのは、メロディの耳にへばりつく感じとハラハラするスピード感です。とくに、近藤真彦さんへのデビュー近辺の数曲は、神がかってると思います。

僕は、筒美京平先生の楽曲たちが、J-POPの「Aメロ〜Bメロ〜サビ」という、基本構成を発明されたんじゃないか? と、思っています。

一方で、近藤真彦さんのその頃の曲は、自分で作った公式を自分で打ち破っていくような構成になってる曲も多い。「スニーカーぶるーす」もそうですが、どこがサビかわからない。全部サビみたいな。

「Zig Zag Zag, Zig Zag Zig Zag」は歌いたいし、「Baby スニーカー ぶる〜す」も歌いたいし、「街角は雨」も絶対必要だし。テレビサイズで曲を切られる時に、少しでも多く歌手がカメラに抜かれるように、サビをいっぱい持ってきて、番組ディレクターが「これ切れねえよ。全箇所使うしかねえじゃん!」ってなるようにわざとしてたんじゃないか? と思います。

先生が開花させたバンドたち

さて。冒頭に話したバンドマンの話に戻ります。チェッカーズはアマチュア時代、福岡を中心に活動していたバンドですが、作曲家の先生の作品(筒美作品ではない)でデビューして以来、ヒット曲出しまくりの、大人気バンドとなりました。中学生だった僕が「俺もバンドで売れたい!」って思ったきっかけの一つに、チェッカーズの活躍があったのは事実です(当時は、いったい誰が作った曲かなんて、気にもしていませんでしたが……)。

高校生になって自分がバンドを組むようになった頃、日本にはバンドブームがやってきます。この頃のバンドたちは、たいてい自分たちのオリジナルソングで世に出てきます。素人ながら「バンドだけど作曲家が作った曲で売れるって、当の本人たちはどう感じてんだろうか?」と考えてみることもありました。そういえば以前から、ヤマハポピュラーソングコンテストに出てくるバンドは、みんな自作の曲。有名バンドのチューリップやオフコースも、もちろんオリジナルソングです。

そんな矢先に、C-C-Bという、またまた強力なインパクトをもったバンドが大ヒットしました。「なんだ、この耳にへばりつくキラーチューンは!」調べると、これもまた筒美京平先生作曲でした。

こんな革命も起こるんだな、と思いました。C-C-BはCoconut Boys名義の頃から知ってましたが、突然バンド表記と見た目の雰囲気が変わったんです。そして、なんといっても曲調が一気にガラッと変わりました。衝撃的でした。

「作家(作風)が変われば、バンドはこうも変わることができる」ということを意識するきっかけになりました。大学生の頃には、「作曲家の先生が作った曲でめちゃ売れるのと、売れなくっても自分たちが作った曲で細々とバンドするのと、どっちがええか」という議論を、何度もバンドメンバーとしたくらいです。

そのあとインパクトとして残ってるのは、少年隊の「仮面舞踏会」ですね。この曲もサビだらけの印象ですが、スピード感が他の歌謡曲とはまったく別格でした。バンドマンが単にテンポの早い曲をテクニック披露みたいに演奏するスピード感とは、意味が違います。グルーヴというか、ノリというかうねりというか。今聞いてもこの曲の持つスピード感はジェットコースターです。

今、これらの下敷きがあるから僕らも「あのコード進行ね」とか「ああ、あのリズムね」って解釈出来るけれど、あの時代にあのメロディ、曲調を持ってくるのは、日本の音楽界における発明だったと思います。

職業作曲家という立場になって改めてわかった、筒美京平先生の凄さ

「プロであるということ」で大切なのは、作品の前に、締め切りやクライアントの要望というものがあることを知ることです。

あれだけ膨大な数量と、そしてヒット作という結果を出した筒美先生。「出来ないんだよね」とか「今、時期じゃないから」みたいな言い訳をせず、とにかく書きまくってたんじゃないかと思うんです。

バンドの曲やアマチュアの曲であれば、1曲が10分と長くってもいいし、15秒で終わっても自分の作品ですが、ビジネス歌手たちが歌うものは長すぎず、短すぎず、マニアックでなく、時代のちょっと先にあって、時には懐かしく、時には甘酸っぱく、時には汗くさく……。いろんな顔を持つべきであって、それって出来るようで出来ないんですよね。

振り返って、簡単に「ああ筒美京平っぽいね」っていうのは出来るけど、実際に曲を並べてみて、全然違う種類(タイプ)の曲がずらり。これほど毛色の違うヒット曲を持ってる作曲家って、そうそういないと思うんですよね。「どう!? こんなのも書けるよ!!」っていう意思も感じるし「依頼されたのはこのタイプですね」みたいな、プロの気迫を感じます。

僕は先生の作品を通して「自分の才能を信じるより、周りの才能ある結果を紐解いて、時代の中のその曲のポジションと、歌手の声とを総合的に判断して、曲を作り出す」ということを意識するようになりました。

筒美京平先生ほどじゃないですが、僕もこれまでに約1900曲を書かせてもらってます。こんだけ書いたら「ああ、つんく♂っぽいね」と言われるものもあります。しかし、筒美先生同様に、紐解ける人が紐解いたら「あ、全然違う」「こんな引き出しもあるんだ」って思ってもらえるようにいろんなタイプの曲を書くことを意識しています。

でも、大事なのは、クライアントや世間が求めているものにどれだけ近づけるかです。おそらく先生も、自分から溢れ出てくる鬼才な曲より、常にその時代から求められるものに答えていらしたんじゃないか。僕はそう思います。

その努力の先に時折、溢れ出すかのように曲や歌詞が出てくる時があります。要望通りの曲に添えて「要望とはちょっと違うけど、こんなのも出来たんで聞いてください!」って提出するんです。そういうのが選ばれた時に、大ヒットしたりするもんです。

僕も時には、自分から溢れ出すものに酔いしれたいこともあります。しかし、それがヒットするとも限りません。筒美先生はそれよりも、大衆に拍手喝采をもらえる曲を作ることに、自身の達成感を得ていたのではないでしょうか。

編曲をアレンジャーに任せる勇気と、広がる世界

バンドって、「自分らでアレンジもしないと他のバンドからも舐められる」というような感じもするんです。でも、実際バンドマンっていってもどっかの音楽大学を出たりしてるわけでもないし、英才教育を受けているわけでもありません。たいてい、アルバムを2枚くらい作ると、手数(その人の持ってるパターンみたいなもの)はなくなります。実際に、僕らもそうでした。

でも、モーニング娘。を始めたことで、開き直ることが出来ました。僕自身の演奏者としての手数にはないけど、でも頭の中にある仕上がりのイメージをプロアレンジャーに伝えて、世界を広げていくことが出来たので、それがとてもよかったです。

筒美先生も、ある頃からアレンジを他の方に任せるようになって、また曲の味つけが変わっていき、大きな自信に繋がった、と聞きます。ちょうど「LOVEマシーン」を作りだす少し前に、先生周辺のスタッフさんから伺ったそのエピソードですが、僕の頭の中によく残っています。

トリビュート・アルバムで桑名正博さんの「セクシャルバイオレットNo.1」を選んだ理由

2007年、先生のトリビュート・アルバムに参加することになったとき、僕は絶対この曲を歌うと決めました。

先生から本当の主メロの楽譜をもらったわけではないので、正解がわからないんですが、オリジナルの桑名さんの歌のメロディ(レコード収録バージョン)と、僕らが「ザ・ベストテン」等の音楽番組でよく耳にした桑名さんの歌うメロディとは譜割りが違うんです。

僕は曲のリズムを考え、「おそらく、こなれてから桑名さんが歌われてる譜割りが正解なんじゃないか」と、勝手に解釈してました。作曲家ならきっと、「このリズムの曲ならこうメロディをつける」と。

とくに、編曲もされてた筒美先生なので、曲そのものが持つリズムをとても大事にされたと思うです。パーカッションやベースのリズムがちょっとイメージと違う編曲となっただけで、主メロの印象が変わったりするものです。当然アレンジ(編曲)もチェックされてたと思うんですよ。

ここからは僕の勝手な憶測なのでお小言なしの与太話的に受け取って欲しいのですが、ボーカルのレコーディングって、ディレクターの癖とかプロデューサーの好みによってOKテイクを決めると思うんです。

そんな中、どんな誰においても、シングルのレコーディングとなれば、会社の偉い人も見に来ます。緊張感というか、「がんばるぞ!」みたいな、自分の中にある真面目な部分が出ちゃうと思うんです。その緊張感が好きな人がOKテイクを選んだのかなって思うんですね。そんな感じで、少し真面目な感じリズム譜割りのまま、レコードになったのではないでしょうか。

けど、ヒットして、何度もバックのアレンジに乗せて歌ってると、和製R&Bとしてのリズム感を持つ桑名さんなので、一番ノッてくるところにメロディを置いて歌うんじゃないかなと。なので、僕はこのこなれてからの桑名さんバージョンの譜割りでレコーディングしたんです。

とはいえ、今YouTubeでいろいろ観ても、譜割りがその都度違うものもあります。それらの歌を、僕の頭の中の解析機でさらに分析して、「これがベストの譜割りである!」と、編み出したものでレコーディングに挑みました。

先生がこの譜割りの「セクシャルバイオレットNo.1」を聴いて「つんく♂、あいつはわかってる」って思っていただきたい。その一心で仕上げました。実際、聴いていただけたか、どう思われたかはわからないままですが(笑)。

もし先生に会えるなら

もし、先生に一度お会いできるなら、先生のメロディに歌詞をのせ、ボーカルを選抜して録音したい。そして仕上がったものを聴いてもらって、「うん、やっぱ、つんく♂、わかってるな」って、言ってほしいです。先生のかゆいところに手を届けたかった。

それと、絶対にありえないですが、養成学校というか、アーティストを育てて、ビジネスに出来る(歌手も儲かる)スキームを作るためにはどうするか? など、雑談をしたかったです。

メディアには出来るだけ露出しないスタイルも、素敵でした。たくさんの教え、ありがとうございました。

<スタッフより>
これまでに約1900もの楽曲の作詞を手がけてきたつんく♂。歌詞の書き方をテーマとしたコラムを公開しています。noteマガジン「つんく♂の超プロデューサー視点!」では、毎月3本以上の書き下ろしコラムやゲストを迎えた対談を更新します。お楽しみに。


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つんく♂

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総合エンターテインメントプロデューサー / TNX株式会社代表取締役社長。1992年、ロックバンド・シャ乱Qのボーカリストとしてデビュー。音楽家として作詞・作曲と、「モーニング娘。」をはじめとした数多くのアーティストプロデュースを手がける。