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つんく♂はお金儲けが下手? Voicy緒方社長が見るつんく♂のビジネス面
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つんく♂はお金儲けが下手? Voicy緒方社長が見るつんく♂のビジネス面

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noteマガジン「つんく♂の超プロデューサー視点!」、今回の対談ゲストは、Voicy社長の緒方憲太郎さんです。急成長する音声プラットフォームを立ち上げた背景にはどんな経験があったのでしょうか。対談前編では、つんく♂とVoicyのコラボはありえるのか? 「もし今、緒方社長がつんく♂だったら、何をする?」など、つんく♂からの質問をきっかけに、さまざまなアイデアが飛び出します。つんく♂が長年抱えてきた意外な(?)悩みも。(対談後編は7月5日公開予定です)
<文 山田宗太朗 / 編集 小沢あや(ピース株式会社)

「相手の懐に入れない」つんく♂が長年の悩みを吐露

つんく♂:僕とは、年齢がひとまわり違うみたいで。

緒方:そうですね。僕は1980年生まれなので、今41歳です。先輩、よろしくお願いします! ……ということは、つんく♂さんは今、53歳なんですね。ちょっと元気すぎますよね? もうちょっと老けててもええんちゃうかな? と思うけど、ハワイで良い空気吸われてるんですかね?

つんく♂:いやいや(笑)。そういえば、お父さんがMBSのアナウンサーなんやって?

緒方:そうなんですよ。『ヤングタウン』とかやってたんです。

つんく♂:僕がパーソナリティだった頃は、まだ局にいらっしゃったのかな?

緒方:局にはいました。でも親父は40歳くらいで編成部に行ったので、その頃はもうアナウンサーはやっていなかったと思います。

つんく♂:だとしても、1993年頃から4〜5年間はやってたから、きっと被ってるよね。僕もちっちゃい頃からラジオっ子で、長男やったから、新しい情報は基本的にラジオから得る人生だったのね。

深夜ラジオに出会ったのは小学校2~3年生くらい。当時の『ヤンタン』は(笑福亭)鶴瓶さん、(明石家)さんまさん、(島田)紳助さん、谷村新司さん、あのねのね、チャゲアス、イルカさんとかがやってて。1時からは『オールナイトニッポン』、そのほか『ハイヤングKYOTO』なんかもね。そのへんを聴いてて。ちょっとマセたこともラジオで知って、翌日学校で「これ知ってるか? こんなんあんねんぞ」とか「こんな曲流行んねんぞ」みたいな小中学生だったの。音楽もラジオでいろいろ知ったな。

だから売れた後も、何がやりたいかといえば『ヤンタン』と『オールナイトニッポン』のパーソナリティ。これは、ギャラ関係なくやりたかった。当時の自分にとっては、音楽と同じくらいしゃべりも武器やったから、お笑い芸人にも負けたくないと思っていたのね。「あれくらいしゃべれるよ」みたいな、関西人特有の勘違い。

プロになってから、実際にお笑いのやつらと同じステージに上がってみて「やっぱ全然違うねんな~」って体感したけど、アマチュアの頃は「誰よりもイケててオモロいミュージシャン」という間違った自負があって。

緒方:つんく♂さんが『HEY!HEY!HEY!』とか出てた頃、「この人、しゃべりオモロいな~、絶対しゃべりでも行こうとしてるな~」と思ってました(笑)。

つんく♂:そう(笑)。話が脱線するけれど、当時、大阪ではダウンタウン第一次ブームのあと、吉本印天然素材の時代がやってきて。僕、雨上がり決死隊とかナインティナインとか、FUJIWARAとかとめっちゃ仲が良かったんよね。

その頃の天素とダウンタウンの関係は、まだ全然相手にされていないというか、松本人志さんが「おもんない」みたいな発言をすると天素のメンバーは震える、って感じだったの。「松本さんにお笑いを否定されたら終わってしまう」的な感覚で天素のメンバーと一緒にいたから、その緊張感が僕にも伝わっていたし、同じようにビビっていて。

『HEY!HEY!HEY!』の出演が決まった時、しゃべりやキャラとして「おもんないバンド」というハンコをダウンタウンに押されたら、マジで全部終わってしまう気がしてたのよ。ナイナイとかFUJIWARAに「あんた、ダウンタウンさんの前で全然あかんかったやん」って言われるのが一番嫌やったかもな。

緒方:マインドが完全に芸人じゃないですか(笑)。

つんく♂:あの頃のダウンタウンは、関西の若者みんなの教祖みたいでもあったかな。それを一番感じてたのが天素のメンバーで、僕も同じように敏感になってたんやけど、初回出演した時に浜田さんに頭叩いてもらって、ちょっとウケて。フーフー言いながらなんとか必死で耐えた。

なのに、その後、ウルフルズとかT.M.Revolutionの西川(貴教)みたいに、松本さんにビビらずに飛び込んでいく関西弁のミュージシャンが現れて……この感じなかなか伝われへんねんけど、こっちが距離感縮められなかったところを、ある種、ミュージシャンという肩書きを活かして、ズケズケと懐に入って行けたんやろうね。

……いや、東京や他の地域のミュージシャンならわかるんよ。大阪時代のダウンタウンも知らんやろうし。ミスチル、GLAYとかが普通にいじってもらってるのは納得してたの。「でも関西出身者はちゃうやろ!」って勝手に思ってた。もし天素のメンバーがそんなトークしたら一発で終わりみたいな話を、松本さんが上手に聞いて捌いてくれてるわけよ。なんか羨ましかったわ。

他にも『うたばん』でも、石橋(貴明)さんが頷きながらミュージシャンのトークを聞いてるわけ。特に西川とかは僕もアマチュア時代から仲良かったから、「え? ミューシャンの関西弁トークめちゃハマってるやん!?」て、めっちゃ羨ましく思ったし、焦った記憶がある。

緒方:オモロいですね~(笑)。

つんく♂:そういうところが僕はずっと上手じゃないのよね。松本さんとか(北野)武さんの懐に、よう入らんかったの。

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総合エンターテインメントプロデューサー / TNX株式会社代表取締役社長。1992年、ロックバンド・シャ乱Qのボーカリストとしてデビュー。音楽家として作詞・作曲と、「モーニング娘。」をはじめとした数多くのアーティストプロデュースを手がける。