「佐藤優樹は”ガチ”」つんく♂とタワレコ社長が語る、ハロプロ今昔物語。
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「佐藤優樹は”ガチ”」つんく♂とタワレコ社長が語る、ハロプロ今昔物語。

noteマガジン「つんく♂の超プロデューサー視点!」、対談企画第3回目ゲストは、タワーレコード代表取締役社長の嶺脇育夫さん。今年でハロー!プロジェクトファン歴20周年だという嶺脇さんの前のめりなハロプロ愛を、つんく♂は受け止められるのでしょうか!? 盛り上がった対談、冒頭5500字は無料でお楽しみいただけます。対談後編はこちら
(文 田口俊輔 / 編集 小沢あや

辻ちゃんと「Memory 青春の光」に導かれハロヲタに

嶺脇:僕は2001年の「ザ☆ピ~ス!」あたりからハロー!プロジェクトのファンになったので、ハロヲタ歴20周年なんです。まさかつんく♂さんと初めて会話ができるチャンスをいただけるとは……。今日はものすごく緊張しています(笑)。

つんく♂:嶺脇社長とはもっと早く会えると思っていたんですが、なかなか実現しなかったんですよね。オンラインですけど、こんなご時世になって会えるとは、逆に運命な気がします。一体、なにがきっかけで、ハロー!プロジェクトを好きになったんですか?

嶺脇:ちょうど新宿店の店長をやっていて、毎日仕事で疲れ切っていたんですよ。ある日、クタクタになって家に帰ってきたときにふとテレビをつけたら、辻(希美)ちゃんが映っていて。

つんく♂:かえって疲れそうなんですが(笑)。

嶺脇:(笑)。「人間は弱っているとアイドルにハマりやすくなる」という言葉もありますが、まさにその瞬間から気になりだして。そこから遡って聴いた「Memory 青春の光」に、衝撃を受けたんですよ。ハイラム・ブロックやウィル・リーといったセッションミュージシャンが参加しているので、周りに「音楽が好きで」と言い訳しやすかったのも理由のひとつです(笑)。

つんく♂:言い訳、ね(笑)。「Memory 青春の光」は、録音に超お金がかかったんですよ。

嶺脇:たしか、ニューヨーク録音ですよね。

つんく♂:そうなんですよ。レコーディング費用が今の10倍はかかりましたね。

嶺脇:すごい! 

つんく♂:それでも、当時の小室哲哉さんの5分の1くらいでしたけどね。

嶺脇:えぇーーーっ!? 小室さん、スケールが流石ですね(笑)。

つんく♂:まあ、それでもあの当時は利益が出たわけですから。

嶺脇:とにかく、つんく♂さんの作る曲も、それをアレンジする方も素晴らしかったので、iPodにアレンジャーごとに曲を分けてずっと聴いていました。僕は元々ロック好きの人間なのですが、この20年はミック・ジャガー&キース・リチャーズ、ジョン・レノン&ポール・マッカートニー以上に、つんく♂さんの曲を聞いていましたね。

つんく♂:すげー(笑)! うれしいですねえ。まあ、そのくらい大量の曲を作りましたからね。

嶺脇:先日、筒美京平先生が亡くなられた時、NHKの番組で歴代作曲数音楽家のトップ5が紹介されていて。1位が筒美さん、つんく♂さんは5位に入っていらっしゃって。筒美さんのニュースを通じて、改めてつんく♂さんの凄さを実感しました。

つんく♂:ありがとうございます。これまで、リリースベースで1900曲以上作っていますからね。ただ、歌詞も加わると阿久悠先生や秋元康さんに負けてると思います。作詞・作曲を合わせたランキングとか作ってほしいですね、4000曲くらいになりますから(笑)。

嶺脇:あはは! そのランキングなら、つんく♂さんはたぶん1位?

全国のタワレコ店長会議で「メロン(記念日)を売れ!」と熱弁

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つんく♂:2001年にモーニング娘。を好きになったってことは、随分大人になってからハマったんですね。アイドルヲタクは思春期から突っ走る人が多いので。

嶺脇:そうですね。僕は昭和42年生まれなので、34歳の時ですよ。

つんく♂:僕が昭和43年生まれなので、社長がひとつ上です。通ってきた時代背景は、基本的に同じですね。

嶺脇:そうですね。僕は中1の時にRCサクセションの『トランジスタ・ラジオ』を聞いて音楽に目覚めて、洋楽ロックの方に流れていったので、アイドルは全然通ってこなかったんです。

つんく♂:なるほど、僕がスネークマンショーにハマってた頃だ(笑)。その時点では、アイドルは興味がなかったと。

嶺脇:テレビの音楽番組で見ていた松田聖子さん、古くはピンクレディー、キャンディーズは好きでしたが、レコードを買うまではいかなくて。ロック好きのまま1988年、20歳の時にタワーレコードに入社しました。

つんく♂:1988年といえば、シャ乱Qを結成した年やわ。

嶺脇:その後、転勤をして90年から数年間、大阪のタワーレコード心斎橋店で働いていたんです。心斎橋店はインディーズをたくさん取り扱っていたので、つんく♂さんが主宰していた「すっぽんファミリー」のことは、よく「城天でライブをやっている面白い集団がいる」とスタッフから聞いていましたし、所属していたRazz-Ma-Tazzやカメレオンといったバンドのことはよく存じていました。

つんく♂:そんなとこまで覚えていただけてるなんて……(涙)。しかし、よくそんなやつが作ったアイドルを応援しようと思いましたね!

嶺脇:いえいえ(笑)。今思えば、あの時代があって、巡り巡ってつんく♂さんの元へと戻ってきた気がします。ただ僕がハロプロを好きになった頃のタワレコには、アイドルを下に見る人が多くて。僕もそこそこの役職に就いていたので、店長会議のスピーチの際に全国の店長たちに向かって「メロン(記念日)を売れ!」と言ったことがありまして。

つんく♂:モーニング娘。ではなく、メロン記念日なんや(笑)! 結果、売れました?

嶺脇:いやぁ~、全然言うことを聞いてもらえませんでした!

ふたり:(爆笑)

夫婦円満の秘訣はハロプロにあり

つんく♂:社長がお話されたように、当時、外資系のCDショップはアイドルを下に見ている感が否めなかったなかで、タワレコさんのような大手がアイドルを大きく売り出したのはめっちゃ快挙やったと思うんですよ。

嶺脇:(満面の笑顔を浮かべる)

つんく♂:ビジネスとして新しい市場を開拓しようという意図だったんですか? それとも社長の「俺がアイドル好きやから、みんな好きになれ!」という、個人的な気持ちがあったから?

嶺脇:話すと長くなりますが、つんく♂さんが司会していた時代の「ポップジャム」(NHK)に出演したNegiccoというアイドルを覚えていますか?

つんく♂:鮮明に覚えてます。新潟の子たちですね。

嶺脇:僕は彼女たちが大好きで。なんとか世に広めたいと思い、社長就任と同時にアイドル専門レーベル「T-Palette Records」を立ち上げたんです。ただ宣伝費はあまりかけられない。「ならば、僕が表に出ることで宣伝をしよう!」と、戦略的にメディアに出るようになったんです。

つんく♂:うん、うん。

嶺脇:そこで、お披露目イベントの司会進行をしてくれた吉田豪さんがやっていたUstream番組に出た時「ハロー!プロジェクトが好き」と熱弁したのを、たまたま「タモリ倶楽部」(テレビ朝日)の制作スタッフさんが見ていて、ぜひ僕の特集回を作りたいと。そして、ヲタクだというのが全国的に知れ渡った……という流れから、大々的に展開するようになったという感じです(笑)。

つんく♂:なるほど。こう話すと、嶺脇さんは当時のアイドルヲタクとは少し違って、メジャーというか、明るいヲタクですよね。

嶺脇:(笑)。まあ僕が好きになった頃は歳もいっていましたし、妻が僕と同じようにハロプロを好きになってくれまして。

つんく♂:それは良かったですねぇ!

嶺脇:そうなんですよ。僕の友だちも結婚と同時にアイドルから離れてしまいましたが、我が家は妻がBerryz工房や℃-uteを応援することをちゃんと理解してくれていて。というか、一緒に好きになってくれて。ハロプロの話ができるので、夫婦関係も非常に助けられています。ハロプロのおかげで家庭円満ですよ!

つんく♂:そうですか(笑)。たしかに、モーニング娘。は9期生が加入し「V字回復」と呼ばれるようになってた頃。我が家も、家族一丸となってモーニング娘。を応援してくれてましたね。同じように当時の現象として「家族一丸でハロプロを応援してる」という人が増えてました。コンサート会場のファンの顔ぶれを見ても明らかでしたね。

嶺脇:2011年末〜2012年のモーニング娘。の熱は、昔からのファンが一気に戻ってくるぐらい、すごく高かったですよね。また当時のヲタクたちが社会的にもそれなりに偉くなり、発言力も持つようになったのも大きいのかなと。僕のヲタク友達の劔樹人くんが描いた漫画『あの頃。男子かしまし物語』が今年映画化されますからね。彼もいよいよ映画原作の先生になっちゃいました。

つんく♂:劔さんは犬山紙子さんと夫婦で応援してくれているし、心強いです! ユースケ・サンタマリア氏やマツコ・デラックス氏が声をあげてくれるようになったのも、9期加入以降ですね。

嶺脇:そうですよね。2010年以降は本当に、連続でオリコン1位を獲得したり、曲もパフォーマンスも変わったりして、面白かったですよね。なので、2014年につんく♂さんが総合プロデューサーを離れたと聞いた時はビックリしました。

つんく♂:僕自身もビックリしましたけどね(笑)。

嶺脇:えぇーーーっ!? って感じでしたよ。

つんく♂:後ろ髪引かれる想いはありましたが、けどまあ仕方ない。あれだけの大所帯を組織としてやっていくのに、大病抱えた人間ひとりの力に任せ続けるのは、難しいと思われたのかなって。的確な方向転換やったと思います。結果として、僕もハワイに移り住んで自由な創作活動を始められたし、こうして今までは会えなかったいろんな人と対談もできている。もうひとつの人生を楽しんでいる感じはありますね。

「涙が止まらない放課後」は紺野抜擢の苦肉の策

嶺脇:モーニング娘。にのめり込んだ、大きな理由のひとつとして、5期の紺野あさ美ちゃんが加入したことがあって。あの頃のハロプロは、歌えない・踊れない、けれどやる気だけは感じる! という子を選ぶ風潮がありましたよね。例えばスマイレージ/アンジュルムの中西香菜ちゃんとか。ああいう“拙さ”のあるメンバー選びが、今はなくなった気がするんですよ。

つんく♂:紺野や中西のような子を加入させるのは正直めっちゃ大勝負で……特に紺野は、僕の中では色々と葛藤があったんです。ただオーディションに携わっていた瀬戸(由紀男:アップフロントプロモーション前社長)さんが僕に耳打ちをするんですよ、「ああいうヤツを入れたら面白いよ。つんく♂しか出来ないよね〜」って。

レタッチ①

嶺脇:(笑)。

つんく♂:あの人もごっついロックな人やから、そう言われたら僕も「じゃあ、取りましょか」ってなるしかない。まあ、紺野の歌はね、最後までヒドかったけど(笑)。根性がおもしろい子だったのは確かです。

嶺脇:あはは! 僕はああした子たちが、メイン曲をもらうまでに成長する過程が好きで。中でも「涙が止まらない放課後」は、すごい曲ですね。

つんく♂:そう言っていただけると、僕も紺野も当時頑張った甲斐があります(涙)。とはいえ、苦肉の策でしたね。紺野になんとか、ちょっとでもスポットを当てるためにどうしようか? と考えて。

つんく♂:僕は音楽を作る時、メンバーの顔を思い浮かべながら作るんです。そんな時に、頭の中にあるパズルというんでしょうか……こいつはOK、こいつもOKとハメこんでいき「じゃあ紺野が来たらどうなるか」と、シミュレーションしてね。「まあ大丈夫! この曲なら、盛れる!」と、湧いてきたんです。

嶺脇:なるほど!

つんく♂:ゼロ(オーディション)から始まって、完成(レコーディングやライブなどすべて)までを、1人のプロデューサーで完結させられたからこそ可能だったと思います。チャレンジして少々トチっても、他で取り返してしまえば結果OKだから。今のハロー!プロジェクトの制作は、人事担当、セールス、音楽を作る人が何人もいて、バラバラやから冒険しづらいのかもしれません。当時を振り返ると、歌うメンバーやその時のメンバーラインナップによって湧いてくる曲が違ってくるのは実感してます。

嶺脇:そうですよね。

つんく♂:ただ、その当時はまったく意識してませんでしたね。キャラで曲を作り分けようなんて。思えば、9期以降はシュッとしていたから、「涙が~」みたいなモチャっとした曲には、いたらなかったなぁ。

嶺脇:なるほど〜。総合プロデューサーからサウンドプロデューサーに変わり、メンバーとの距離が出来たことで、作品の作り方は変わりましたか?

つんく♂ そうですね。退任してからの2年くらいは、あえて情報を入れないようにしていたんです。けど、SNSやオンラインサロンを通じて、再びメンバーやファンのみんなと近づいてからは、新メンバー含めてメンバーの顔と心を、もう一度よく見てみようと思いなおしたんです。

嶺脇:(じーっと集中している)

つんく♂:この前もnoteで譜久村と対談しましたし、卒業生を含めた他のメンバーともLINEします。こうして連絡をとって距離を縮めたことで、客観的に気づくこともあって。新しいメンバーとも一度対談して、本人たちのことをわかってあげたら、作る曲もまた変わってくるんじゃないかな? と思ったばかりです。

嶺脇:ぜひ、また密になった状態の曲を聴いてみたいです。

つんく♂:今回発売された新作(「純情エビデンス/ギューされたいだけなのに」)はちょっと距離感が縮まってガーッ! と作れた曲になりましたね。歌詞の伝わり方が違うのか、すごくファンからの声が大きい気がします。

嶺脇:「純情エビデンス」では「妹」という、まさにつんく♂さんぽい言葉が出てきていますよね。譜久村さんも対談の際に「妹」のフレーズに、すごく反応されていましたよね。

つんく♂:あの曲の歌詞は、最初に書いたものをそのまま作品化しました。最初の会議で案の定「なんで妹なの? 限定すべきなの?」とか、ニキビの部分とか修正の指示があったんです。ここ最近の俺はプロ的に「そうおっしゃるなら、こんなのどうすか?」っと書き換えてたんですが。

嶺脇:(笑)。

つんく♂:けど、今回は書き換えたら原型を留めなくなりそうだったので「書き直さない」と返事して。でコレしかないからと進めました。いざ作品が完成したら、案の定そういう箇所に対してメンバーからいい意味でのリアクションがバンバン! と、きましたね。世に出ればなおさらでした。

「6歳児」佐藤優樹の”ガチ”な想像力

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つんく♂

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「スキ」めちゃええやん!
総合エンターテインメントプロデューサー / TNX株式会社代表取締役社長。1992年、ロックバンド・シャ乱Qのボーカリストとしてデビュー。音楽家として作詞・作曲と、「モーニング娘。」をはじめとした数多くのアーティストプロデュースを手がける。