「モーニング娘。加入当初は反抗期でした」藤本美貴がつんく♂に語る、ミキティの新事実
デビュー前、会長室でアルバイトをしていたミキティ
藤本:わー! つんく♂さんだ。お久しぶりです! 変わってないですね!
つんく♂:(にこやかにポーズを取った後、ハワイの土産を渡す)
藤本:ありがとうございます。あ、新しく出た書籍『凡人が天才に勝つ方法』まで……! きゃー、サインが入ってる。私、つんく♂さんのサインをいただいたのって、初めてかもしれないです。うれしい!
藤本:つんく♂さんの姿が見えるまで変な緊張感があったんですけど、姿が見えたら安心しました。久しぶりですけど、変わらないですね。
つんく♂:俺も藤本はテレビで観てるから、ちゃんとプロとして活躍してるの知ってるよ。生で会っても、いい意味で変わってないね。
藤本:そう言われるとうれしいです。私もつんく♂さんのこと、テレビで観てますよ!
つんく♂:藤本は今、何歳やっけ? デビューしたのは16歳くらい?
藤本:今、38歳です。16歳の時に上京して、会長室でアルバイトをしていたので、デビューしたのは17歳ですね。
つんく♂:最初に会ったのは、モーニング娘。の4期メンバーオーディションやっけ?
藤本:そうですね。まだ中学生で、14歳くらいでした。
つんく♂:4期のオーディションは、里田(まい)も受けてたやんな?
藤本:一緒のオーディションだったそうですね。
つんく♂:里田は「テニスを続けたいから」って、一旦、そっちに集中したんだよね。おそらくテニスをやるだけやって、頭切り替えてから、オーディションをまた受けにきたんやけど。
藤本:へ~、そうだったんですね。私は当時、北海道に住んでいたんですけど、4期オーディションを受けた後に、事務所から「ハロー!プロジェクト関係なく、別のかたちでソロデビューするかもしれません。まずは東京に来てレッスン生になりませんか?」とお話をいただいたんです。
つんく♂:それで、いつ上京したの?
藤本:結局、お話をいただいてから1年後に上京しました。もともとは正式にレッスン生になれる日が決まっていなくて、「半年後かもしれないし、1年後かもしれない」と言われていたんです。上京するまでは北海道の高校に通いました。
つんく♂:レッスン生の話は、俺はノータッチやからわからんのよ。でも、藤本に次に会った時には、もう事務所で仕事していたよね。
藤本:会長室でアルバイトをしている時に会いましたよね。
つんく♂:一丁前になってて「立派やなー」って思った。
藤本:あははは。髪も長かったですしね。
つんく♂:でも本人からは髪型を気に入ってる印象を受けなくて。きっと、アイドルになりたいけど、どうしたらええかわからんねんやろなーと思った。
藤本:上京して1人で生活するだけでいっぱいいっぱいでしたし、「いつかは何かしらでデビューする」みたいな話はあるけど、どう進むかまったく決まっていなかったんですよ。その雰囲気が出ていたのかもしれないですね。
先輩・松浦亜弥の背中に焦る毎日
つんく♂:デビューしたのは松浦(亜弥)がいた時期か。
藤本:亜弥ちゃんがデビューしたくらいですね。
つんく♂:あの頃は、ASAYANの流れも一区切りで、ハロー!プロジェクト全体をどうやっていくか作戦練ってた時期だから、スタッフもみんな探り合ってたと思う。デビューが決まった時は、どう思った?
藤本:嬉しかったのと同時に、どうなっていくんだろう? っていう不安がありましたね。「モーニング娘。に入ります!」というわけでもないし。ソロデビューなので、手探りの状態でした。
つんく♂:目に見える例としては松浦が居たから、よかったね。
藤本:そうですね。でも! でも! それがプレッシャーだったんですよ。周りの大人もがっつりプレッシャーをかけてくる感じで。
つんく♂:松浦とは、年齢はどっちが上なん?
藤本:私が亜弥ちゃんより2歳上ですね。
つんく♂:それはまあ大変やな。たしかに。
藤本:でも、向こうが1年先にデビューしているから、先輩として頼っていました。デビュー当時は亜弥ちゃんしか友達がいなかったんです。もし亜弥ちゃんがザ・芸能人みたいな感じで接してきたら、きっと友達になれなかっただろうなって思います。
つんく♂:松浦って一見気さくな感じで、誰にでも心を割ってそうだけど、その実は強靭なプロテクターを纏ってるようにも見える。だから実際はわからんかったけど、そのあたり、藤本にはどうやったん?
藤本:そこは割ってくれたかなって感じはあります。ハロー!プロジェクトでも、ソロでデビューしているのは私と亜弥ちゃんしかいなかったので。ほかの人には言えないことを相談したり、家に泊まり合いしたりしていましたね。
つんく♂:へ〜、なるほどね。
藤本:「これ大変だけど、どうしてる?」みたいなのは、亜弥ちゃんが先輩なので聞いてましたよ。
つんく♂:不思議な感じ。
藤本:亜弥ちゃんは私より年下なんですけど長女なんです。私は年上だけど末っ子なので、末っ子な感じで話しかけてましたね。「お願いしまーす」ってノリで。
つんく♂:まあ、松浦にとっては後輩やもんな。
藤本:そうですね。
つんく♂:ハロー!プロジェクトの中では、どんな気持ちやったん?
藤本:モーニング娘。のオーディションに落ちたのに、同じハロー!プロジェクトとしてソロで活動しなきゃいけない。しかも先輩にはめちゃくちゃ売れてる松浦亜弥がいる。すごく責任を感じましたね。最初のお披露目ステージは代々木第一体育館だったんですけど、スタンバイ時点では何も見えないし、聞こえない状態で。客席の様子がわからないままステージに立ったら、お客さんがいっぱいいました。
つんく♂:わからんなりに、人前に立つと頑張れるタイプなん? ステージから降りるとシュンとするタイプとか?
藤本:どちらもあまり変わらないタイプでしたね。昔はそれが悩みでもあったんです。プロってオンオフがあるイメージがあったので憧れていたので。人前で格好つけるのが恥ずかしかったですね。
つんく♂:つんく♂の前でも、メンバーの前でも、全部変わらないの?
藤本:あまり変わらないと思います。
つんく♂:あの頃から20年以上経つけど、今も変わらない?
藤本:基本は変わってないですね。でも、当時よりは大人になって多少使い分けられるようになったのかなと思います。昔は敵も味方も関係なくて、とりあえずは「やってかなきゃいけない」みたいなガッツがすごかったんですけど、今は周りを見つつ、みんなと混ざれるようになったかなと思いますね。
各種ランキングを祈るように見ていたソロ時代
つんく♂:デビュー以降、基本的には上出来のスタートやったと俺は記憶してる。藤本は髪を切って、曲のリリースも続いたけど、それは自分としてはイケてたのか、それよりももっと「こうなりたい」みたいな憧れや方向性があったのか、どっち?
藤本:「違う。こうじゃない!」と思ったことは、一回もなかったですね。でも、イケてると思ったこともないです。上にいるメンバーの存在が大きくて「そこに負けちゃいけない。付いていかなきゃいけない」っていう気持ちが先行していたかな。モーニング娘。の他にもいろんなグループがいて、松浦亜弥がいて、それで私に続いたので、「ここでクオリティが落ちたと思われたらいけない」って、気負ってました。
つんく♂:松浦って一見明るそうだけど、影の部分があるやんか。同じマイナー調な曲を藤本が歌うと、松浦とは全然違う作品になるのが面白かったんだよね。それがいいとか悪いとかいう意味ではなくて。
藤本:えー! そうなんですね。
つんく♂:あと、これは俺の言い訳として、時代のせいにさせてもらうけど(笑)、松浦もあと1年デビューが早かったら、たぶんミリオンいってるのよ。あの頃は「売れたな〜」ってヒット曲で、実売数が50万枚くらい。さらにそこから1年~2年経つと、市場的にもMAX30万くらいの時代になってきた。まだ握手会グルグル時代でもなかったしね。
それでも藤本的にはテレビに出演することは多かったと思う。だから、俺的にも会社的にも「視聴者に行き届いたのに数字が伸びない」というイライラはあったんよね。
藤本:私たちは枚数よりも、「発売1週目で何位になるか」って、各種ランキングを気にしていましたね。
つんく♂:みんな気にしてたの?
藤本:気にしてましたよ。シングル1枚目より2枚目、3枚目って。私の場合は先輩の亜弥ちゃんを基準にされるので、どうにかしなきゃいけないのが大変でした。
つんく♂:自分の中ではどの辺が手ごたえあるの?
藤本:手ごたえでいうと『ロマンティック浮かれモード』ですね。この曲で紅白に出演させていただいたし、「オタ芸の国歌」と言われるようになったので。
つんく♂:あ、俺、それ、最近知った。っていうか、ついこないだ。
藤本:え! 最近ですか!?
つんく♂:知らなかったのよ。スタッフが話していて「何それ?」って聞いたら教えてくれたんやけど。イントロが始まったら、ファンがみんな一斉に土下座するんやろ?
藤本:そうです。そのことを知らない警備員さんが、通路に土下座するファンをみて「大丈夫ですか」って声をかけて、「大丈夫です、大丈夫です!」ってやりとりをする……みたいなのをステージから見ていました。すごい曲を歌わせてもらってるんだなって、今でも思いますね。
つんく♂:今もその曲をカバーするアイドルがたくさんいるからすごいよな。いつからそんな風になったの? 発売当初やハロー!プロジェクトのコンサートでも、あの頃は記憶にないな。
藤本:ソロの時は土下座しているイメージはあまりなかったんですよね。モーニング娘。に入ってからだと思います。私の反抗期の後ですかね(笑)。
モーニング娘。加入時は、反抗期まっさかり
つんく♂:へ〜、反抗期? いつから?
藤本:モーニング娘。に入った頃ですね。加入から1年間は、反抗期をやらせていただきました(笑)。
つんく♂:まじ!? どういう反抗期だった?
藤本:オーディションに落ちてソロとして頑張ってきたのに、結局は加入することに決まるじゃないですか。それに対する反抗期、ですかね。ソロから入る人はいなかったし。受け入れる側の他のメンバーからの反抗期もありつつ……。
つんく♂:なるほど。「お前はいいよなー」みたいな感じか。
藤本:そうです。モーニング娘。としては新人だけど、デビューはしてるから本当の新人でもないし。写真も歌割りも真ん中らへんにいたりするから、嫉妬もあったと思います。
つんく♂:当時、一緒に加入したメンバーは誰だっけ?
藤本:6期なので田中れいなと道重さゆみ、亀井絵里ですね。でも私は4期オーディションを受けているから、6期じゃなくて4期みたいな扱いでした。
つんく♂:まあな、年齢的にもその時点ではその3人と、積み上げ量が違ったわな。で、反抗期としてはどんなことをしてたん? 机をガッシャーンとか?
藤本:それはないですけど(笑)。「もう混ざらなくていいや」って思ってましたね。
つんく♂:それはメンバーに対して?
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