吉田豪、モーヲタの人生を狂わせたつんく♂に迫る!
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吉田豪、モーヲタの人生を狂わせたつんく♂に迫る!

つんく♂

noteマガジン「つんく♂の超プロデューサー視点!」、対談企画第13回目ゲストはプロインタビュアーの吉田豪さんです。これまでも、つんく♂オンラインサロンでアイドル討論を繰り広げてきたふたり。前編は、つんく♂の「アイドル音楽の原体験」から。モーニング娘。誕生のきっかけとなった、とあるミュージシャンについても語ります。後編はこちら。
(文 羽佐田瑶子 / 編集 小沢あや(ピース)

吉田豪「つんく♂さん、多くの大人の人生を狂わせた自覚はありますか?」

つんく♂:吉田さん、本出したんでしょ? 『証言モーヲタ』、早く読みたいです。

吉田:人生の大半の時間を費やした熱狂的なモーヲタ(モーニング娘。のオタク)15人に話を聞いたものなんですけど、みんないい意味で「モーニング娘。で頭がおかしくなった人たち」で。「とにかくあのときは人生でいちばん楽しかった。青春だった」と振り返る人もいれば、「あのときは楽しかったんだけど、もう何も思い出せない……」みたいな状態になっている人もいたりして。すごい日々だったんだろうなって想像したんです。つまり、多くの大人の人生を、つんく♂さんが狂わせたんですよ(笑)。その「自覚」みたいなものってありますか?

つんく♂:それね、昔フジモン(FUJIWARAの藤本敏史)に言われて。

吉田:藤本さんも、モーニングが好きでしたもんね。

つんく♂:フジモンとは、売れない時期を大阪で一緒に過ごしたんよね。それがきっかけで、吉本印天然素材の曲を俺が書いたこともあって。だけど、上京後シャ乱Qが売れて忙しくなってからはしばらく会えず。でも、モーニング娘。がCD5万枚手売りして、メジャーデビューが決まった頃かな? 『ASAYAN』の流れを知った上で、モーニング娘。が表紙の雑誌を片手に、フジモンが電話してきてくれたんよ。「あんた、すごいもん作ったことわかってんのか!」って。

吉田:ほんと、その通りですよ。

つんく♂:恐らく、おニャン子クラブが解散してから静かだった「アイドル史空白の10年」を俺が埋めてしまったんよね。俺と吉田さんは同世代?

吉田:ボクが2つ下で、おニャン子クラブとかど真ん中の世代です。

つんく♂:俺らの思春期時代はギリギリ、アイドルがいたから、握手会とかライブとか応援する免疫があったやん? だけど5歳下くらいの世代になると、青春時代である高校生の時に、応援するものがなかったはずなんよね。それで、大人になってからモーニング娘。がいきなり現れて。高校生で経験するはずの握手会やコンサートを、成人してから初めて体験する。働いてるからお金も持ってるし、すごい熱狂していったのかもね。

吉田:たしかに、過去アイドルにハマった経験がない人ばかりがモーヲタになっていたのは事実なんですよ。免疫のない人が、いきなり最高の娯楽を見つけておかしくなっていっちゃった感じ。だけど、初めての経験だからどこまで狂っていいのかわからなくて、ひたすらアクセルを踏んでしまった……という。だからこそ、彼らは面白かったんですけど。

つんく♂:SPEEDとかMAXとか、踊れる人たちはモーニング娘。の前に居たよね。そっちには、そういう萌え方をしなかったのかな?

吉田:別の文化だったんでしょうね。ボクも別物だと思ってたので、SPEEDをアイドル扱いして語る論調にはモヤモヤして、モーニングとかとは明らかに違うなって。当時、つんく♂さんも仰ってたし、モーヲタと呼ばれる人たちも言ってたじゃないですか。「モーニング娘。は1000年続いて宝塚みたいになっていく」って。あながち間違いじゃなかったのかもって思います。

つんく♂:今のところは、そうなってるよね。

吉田:これだけ続くのは、奇跡ですからね。

つんく♂:これは俺の自慢でもあるけれど、『つんくちゃん』って番組で阿久悠さんと対談をしたんよ。そこで阿久悠さんが、モーニング娘。ブームを受けて「どうしてピンクレディを増やすって発想にならなかったのか……」って、めっちゃ悔やんでらして。その話の重要性があんまりピンときてなかったんだけど、今思えばゾッとする話。もし、阿久悠さんがあのピンクレディを増員してたら、俺の出番はなかったかもね。

吉田:卒業・加入システムの元祖は、『オールナイトフジ』(フジテレビ)から生まれた「オールナイターズ」で、その後におニャン子クラブ、モーニング娘。……という系譜だと思うんです。その中でもモーニング娘。は、アイドルに「卒業・加入システム」「派生ユニットシステム」を定着、発展させたと思うんですよね。どこから着想したんですか?

つんく♂:オールナイターズは東京の文化で、俺らは大阪にいたのでその辺を見てないんよ。おニャン子クラブも結成当初は見たことがなくて、大阪で放送が始まった頃にはもう、22番の白石麻子ちゃんが加入してた。たぶん、卒業・加入の意識はおニャン子クラブから生まれたものだけど、モーニング娘。とはちょっと違うのかな?

吉田:おニャン子の場合は、グループを延命させるためのシステムではなかったですもんね。グループが人気でも、テレビありきで活動してたから、番組が終わったらグループも解散になってしまった。モーニングは、『ASAYAN』と離れたのが大きかったんですかね。

つんく♂:「『ASAYAN』でどうやっていじってもらうか?」という危機感の中で捻出した企画の「増員」というのが話題になったけど、離れたかったかどうかは別として、結果的として番組から離れて良かった面も大きいよね。アップフロントとしては動きやすくなって自由度は増したろうし、「番組の終幕=モーニング娘。の解散」にならなかったし。

吉田:そうですよね。番組と一心同体になっていたら、グループも終わっていたはずですから。

つんく♂が危機感を感じたアイドルソングとは?

つんく♂:吉田さんからいっぱい質問をもらっていましたよね。まずは、その質問に答えていきましょうか。

吉田:バンドマンにはアイドルに偏見がある人も多いけど、つんく♂さんは冬の時代と呼ばれたときにも、東京パフォーマンスドールとか南青山少女歌劇団とか、コアなグループアイドルの楽曲を聴き込んでいましたよね。暇だったから、的なことを言ってましたけど、なぜそこまで偏見がなかったんでしょうか?

つんく♂:へ〜、そもそもバンドマンって、アイドルに偏見があるものなの?

吉田:アイドルというジャンルそのものを、下に見ている人も多いと思います。

つんく♂:なるほどね。アイドル曲ってひとくくりには出来ないよね。楽曲が相当尖ってる人たちもいたし。今振り返っても、キャンディーズのバックトラックって非常によくできているんですよ。

吉田:わかります、かっこいいですよね。

つんく♂:たしか、レーベルはソニー(旧CBSソニー・レコーズ)で所属がナベプロ。俺の素人時代の想像やけど、当時のソニーとナベプロのすべての知恵と予算が投入されていたチームだったんじゃないかなと。もちろん、デビュー前後は探り探りだっただろうけど。AKBでいうところの研究生的な組織……スクールメイツから派生した3人。もしスーパーエリートだったらサクッとソロデビューしてた時代だと思うけど、「もう少し様子みようか〜」みたいな子たちだったんじゃないかと推測してます。

吉田:スクールメイツは当時、男女混成の研究生組織みたいなもので、そこからのソロデビューも多かったですからね。

つんく♂:そうそう。で、キャンディーズに関しては番組でちょっと歌わせてみたら、人気が出てきた。そうすると、どんどん大人の知恵も集まって……。音づくりも当時の日本のスタジオミュージシャンの総力が結集されてんじゃないか? って思うほどの演奏力。今聴いても、惚れ惚れするんですよね。たまたま歌ったのが新人のキャンディーズだけど、当時スターだったジュリーが歌ってもおかしくないクオリティー。もちろん、俺の勝手な予想やけどね。それくらいバックトラックが凝ってた。

吉田:活動後期はスペクトラムのメンバーがバックバンドだったりで、いいですよね。

つんく♂:アイドルの楽曲には、2種類あると思うんよ。アイドルとして作った曲と、結果としてアイドルになった曲。これも子どもの頃の印象談やけど、山口百恵ちゃんがロックテイストだったとしたら、桜田淳子ちゃんのはなんか明るくてにこやかで聴きやすかった印象だった。もちろん、ビジネスなので売れてナンボだし、どっちが正解でもないけど。

吉田:アイドル要素が強いのに、ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』をカヴァーしてた大場久美子さんとか、70年代からいろいろありましたね。

つんく♂:うん。企画っぽいシリーズね。で、その後だと、おニャン子クラブの楽曲は大人たちが今でいうお大喜利的なノリで「こんな曲で行ったらウケそうだね」みたいなニュアンスで作ってた印象。企画ありき的なね。だから、ミュージシャン的な脳で聴くと、刺激は足りなかった。もちろんアイドル脳で聴きまくったけどね。

ちなみに、同時期にいた少女隊の音って、レコーディングスタジオで「こんな曲にしよう!」って積み上げてったサウンドっぽく聴こえるし、今聴いた方が萌える。デビューアルバムは、めちゃくちゃカッコよかったな。

吉田:わかります。デビューアルバム以降も、クオリティがずっと高かったですよね。お金もかかってましたし。

つんく♂:うん。さっきアイドルは2種類って言ったけど、俺の耳も2種類を聴き分けてたのかもなぁ。菊池桃子やおニャン子クラブを聴いてたアイドル耳と、キャンディーズや少女隊、その昔でいうと八神純子を聴いてたロック耳。

山瀬まみのデビューの頃の楽曲もよかったな。サウンドもしっかりしてた。けど、基本はアイドル耳で聴いてたね。中期からのロック路線になると、俺の耳は離れていったな(笑)。

吉田:「山瀬まみロック化計画」として、奥田民生さんとか筋肉少女帯のメンバーとかが参加して『宝島』とかがバックアップしてたけど、やっぱりデビュー曲の『メロンのためいき』のほうがいいんですよね(笑)。

つんく♂:アイドルにサブカル系のバンドやアーテイストが近づいてくると、今でも冷めるんよね。アイドルとコラボするサブカル的カッコ良さって、そりゃよく見えるし、ずるいねんけど、なんか違うなあって。ちょっとジェラシーもあったのも事実。

吉田:つんく♂さんが言う「ずるい」っていうのは、自分もバンドマンだからこその複雑な感情なんですか? それとも、アイドルがアイドルとしての良さを失ってしまう寂しさですか?

つんく♂:どっちもあると思う。俺はどうしてもサブカル的匂いが出せないってのもある。なんでかわからんけど(笑)。強く思うのは「音楽ってそんなに簡単じゃない」ってことかな。「理論的に作ればこうでしょ」とか「我々が分析した結果、時代はこういうのを求めてるんですよ」って感じで作った曲に、拒絶反応みたいなのが出るんよね。

もしかしたら、アイドルに対して偏見のあるバンドマンは、ちゃんと音楽が作れないやつなんじゃないかな。音楽を理解できている人であれば、相手がアイドルだろうがなかろうが、いい曲が作れるはずだし、それを聴いても「すごい」ってはっきり評価出来る耳を持ってるはず。

吉田:アイドルはピンキリあって、ちゃんと作っている人たちもいれば、音楽に一切思い入れもなく作っている人たちもいますもんね。雑に「アイドル」と一緒くたに括られるのはどうなのかなあって、いつも思います。

つんく♂:俺が覚えてるのは、(奥田)民生さんがPUFFYを手掛けたとき。「やばい!」と思った。どのミュージシャンがアイドルの曲を作ってもビビらなかったけど、PUFFYの曲を聴いたときはびっくりしたし、売れたでしょ。以前もすごい曲に仕上げるミュージシャンはいたかもしれないけど、ちゃんとヒットさせたのを実感したのが初めてで。ミュージシャンとして悔しかったというか、「これを民生さんにやられたらやばいな」と思ったのは覚えてる。

吉田:おもしろいですね、そこに危機感があったのは。

つんく♂:楽曲提供の域を超えてたからね。過去にもユーミンとか井上陽水さん、財津和夫さんや吉田拓郎さんなど、アイドルへの楽曲提供はいろいろあったけど、サウンドまであからさまに「奥田民生」なのに、「奥田民生」の一人勝ちでなく、ちゃんとPUFFYが売れたってのがすごくってね。

吉田:あまりにも、奥田民生さんとPUFFYのイメージが一致してましたもんね。

つんく♂:そう、民生さんが「ただ、曲を作りました」って感じじゃなくって、なんていうんやろう……「分身の術」を使われた、みたいな。「お〜! 奥田民生が増えたぞ!」って。あれがなかったら俺は、モーニング娘。をやってなかったと思う。

吉田:そこまでですか!

つんく♂:うん、あれをきっかけに、分身の術を使えるんだって知って。

吉田:ただ、なんだろう……「奥田民生/PUFFY」と「つんく♂・シャ乱Q/モーニング娘。」って、別物な気がしますけど。

つんく♂:だけど、つんく♂とモーニング娘。っていうのはどう? やっぱ違うかな?

吉田:つんく♂さんの作風を知っているから今は納得してますけど……ちょっと言いづらいですけど、当時はバンド好きな人間としてシャ乱Qに対する偏見もあったんですよね。いわゆるバンドっぽくなかったじゃないですか。すごく特殊な存在で。

つんく♂:なんか、言わんとすることはわかる。

吉田:水商売っぽすぎるというか、とにかく不思議な存在過ぎたから、モーニング娘。が最初世の中に出てきた時に、偏見があってなかなか夢中になれなかったっていう人は、結構いるんですよね。

つんく♂:まあ、シャ乱Q時代の俺は「音楽なんてニュアンスで作ってます」感を出して、なるべくミスチルに対して遠い場所にいようとしてたからなぁ。なんか「真剣に音楽やってます」ってのがしんどいっていうか、恥ずかしいっていうか。「『芸能界楽しんでます』みたいな顔してる方が、ミュージシャンとして売れなくなった時に落ち込まなくって済むんじゃないかな?」って、逃げ道を残してた気もする。

吉田:意識的にふざけた感じを出してたんですかね。

つんく♂:ちなみに、当時、俺が、『ASAYAN』プロデューサーのタカハタさんとよく話してたのは、「PUFFYと民生さんと被らないように、見せ方を考えて欲しい」ってこと。「俺とモーニング娘。を同じ画角に絶対入れないでくれ」って言ってた。

吉田:へぇ〜! それはどういうことなんですか? 自分の色を濃くしたくないってことですか。

つんく♂:それもあったかもしれんけど、それよりも、「俺が学生だったら、つんく♂が若い女の子と仲良さそうにレコーディングしているシーンを見たら冷めるやろうな」って。

吉田:なるほど! その辺、ほんとつんく♂さんはちゃんとしてますよね。

つんく♂:とんねるずとおニャン子クラブがワーワーやってるのは笑えるのに、後藤次利さんや秋元さんとメンバーが一緒にいるのを見るとなんかムッと感じた記憶があってね。

吉田:オタクがつんく♂さんに対して信頼感があるのは、そういうところだと思いますよ。メンバーに手を出しそうな心配がない(笑)。

つんく♂:(笑)。まあね、自分がアイドルに救われた記憶があるからだろうね。なので、蓋を開けたら「デキてたんかい!」みたいのは避けたかったのかも。

吉田:そこは意識的に、かなり一線を引いてたんですね。

つんく♂:そう。だけど、身を割いて楽曲を提供しているし、実際は遠慮なくズバズバと指示してました。ライブにおいてもレコーディングにおいても、取材の発言やラジオの出方も、「ファンならどう思う?」「ディズニーのミッキーがこんな気持ちだったらどう思う?」みたいなことを言いながらね。特にレコーディングに関しては相当な近距離感で詰め寄ってたね。

つんく♂流、アイドルとのちょうどいい距離感の作り方

吉田:つんく♂さんは、アイドルとの距離感が独特ですよね、短期間での距離感の作り方が、レベルが違うなっていうのは「ラストアイドル」(テレビ東京)のプロデューサーバトルでも思いました。ふとした瞬間に見る、メンバーとの距離の詰めかたが全然違うって。

つんく♂:あれはおもしろかったね。特に最初のメンバーの子たちは、どんどん変わっていってくれたから。

吉田:Love Cocchi『青春シンフォニー』ですよね。

つんく♂:彼女たちは本当におもしろく変わってくれたから、デビュー当時のモーニング娘。とオーバーラップさせられるところがあって、曲ともマッチしたんよね。あれは、ハロー!プロジェクト以外の仕事としては、プロの技を見せられたかなと思う。

吉田:素晴らしかったですよ。ものすごく地味な服を着せるのも、すべてつんく♂さんのプロデュースはおもしろかったですけど(笑)。最近、久しぶりにラストアイドルに関わるようになって、メンバーとちょっと話して思ったのは『青春シンフォニー』が彼女たちに物凄く刺さっていて「私にとって大事な曲です」って言う子が多いんですよ。だから、大事なバトルの場面で歌っていて、ボクにとっても特別な曲です。

吉田:なんでだろうな……って、勝手に推測したんですけど、ある種のあてがきじゃないですか。「私は今、ここにいます。私を見て」という、表題曲に選ばれるためにバトルしなければいけない立場の彼女たちに刺さる歌詞だったし、つんく♂さんが大病をされてから作った曲だから「今、ここに生きています」という気持ちがすごく込められている気がしたんですけど。

つんく♂:その意見は遠くないよ。ぶっちゃけると、こういう仕事で曲を作れるのは楽しかったし、彼女たちががむしゃらにやってくれたのがよかったよな。歌詞も、パーソナルな曲。モーニング娘。のデビュー曲『モーニングコーヒー』も、私とあなた、の話。

だけど、『サマーナイトタウン』とかからはマイナー調で、クールな曲になってく。『青春シンフォニー』は最初から明るくポジティブに見せたけど、実は新人にとって一番滑るパターンなんよな。デビュー曲が元気やと、意外と滑るやん。『モーニングコーヒー』は間口の狭い私とあなただけの世界なんで実はそんなにど明るいわけでないやん。

吉田:正直、大人しめな、いい曲でしたよね。

つんく♂:でも、明るくて、「私はスマイルが一番!」とか「世界一輝きます!」みたいな曲って、意外としょっぱいし。もし売れなかったら目立ったあとの滑り感が半端ない。松本伊代ちゃんは奇跡だったと思う。なのでデビュー曲って、ちょっと暗めにしたり、マイナー感を出したり、アーティスティックに攻めた方がいい。「攻めてる感」出しながら実は守りに入れるんよね。コケても再起させやすいし。

だけど、『青春シンフォニー』の時は深夜番組で、バトル形式。「秋元さんに誘われたし〜」って逃げ道もあったし、開き直って明るい曲を書けたように思う。俺も含めてあの子たちもこの曲で「救われてほしい」っていう素直な気持ちで書けたかな。

つんく♂:変にアウェイだったはずの番組で『青春シンフォニー』がハマった分、勝手に期待背負っちゃって、その次のシュークリームロケッツ『夜中動画ばかり見ている…』の方がだいぶ迷ったし、力使ったな。でも、センターに居た長月が想像以上に歌えて、「あれ?実はすごいのが隠れてたぞ。なんでみんな気がついてないんや?」って。「よし、この子がおったらいけるぞ!」ってスイッチが入ったんよね。で、結構難しめの曲で攻めることが出来た。

吉田:あれは楽曲のタイトル勝ちですからね。ボクらも本気で笑いましたもん(笑)。

つんく♂:初収録の時、スタジオ場内で爆笑が起こってたもんな。『ASAYAN』で「モーニング娘。」ってグループ名を発表したときと同じ空気感やった。

吉田:そこは一貫してますよね。

つんく♂:俺は狙ってないのよ。ガチやから。だけど、スタジオの収録を見てたら笑ってるから「なんで?」って思ったけど。

吉田:笑いを取りに来てないんですね。

つんく♂:世間のみんな、夜中は動画ばっかり見てるやん? だから笑い声が起こって、「そういうことなんや」って思った(笑)。ところで最近、長月が卒業したんやろ。なんかもったいないな。グラビアとかもやっててええねんけど、あの子をアイドルとして扱いきれてないなって。時代が違ったら、アイドルから歌手、その後に大女優となった篠原涼子ちゃん的な道もあったのになって思うね。

吉田:長月さん、ホントいいんですけどね。歌も続けて欲しいと思ってます。

つんく♂が徹底してこだわった「楽曲ありき」のモーニング娘。

吉田:それだけアイドルに理解がある人なのに、モーニング娘。を手掛けるとき意識的に「アイドル」という言葉を使わなかった理由は、アイドル冬の時代に「アイドル」という存在が格好悪いものにされて、「ガールポップ」と呼ばれる文化が流行ったりとかの流れを見てきたからなんですか?

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つんく♂
総合エンターテインメントプロデューサー / TNX株式会社代表取締役社長。1992年、ロックバンド・シャ乱Qのボーカリストとしてデビュー。音楽家として作詞・作曲と、「モーニング娘。」をはじめとした数多くのアーティストプロデュースを手がける。